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高菜、食べてしまったんですか!?

「高菜、食べてしまったんですか!?」

 

これで話題になったラーメン屋さんをご存知でしょうか。

 

かいつまんで説明すると、ラーメンを食べる前に、目の前に置いてある辛子高菜をうっかり食べてしまうと、店主からこのセリフによって突っ込まれ、あげく強制退場させられるというお店。

 

理由は、辛子高菜で感覚がおかしくなった舌で、スープの味を判断されてはたまらない、というもの。

 

その他にも、このお店独自の細かいルールが決められており、一つでも破ると、やはり「お代は結構ですのでお帰りください」と強制退場させられるそうです。

 

そのルールたるや、高菜の件以外にも、例えば、スープを飲まずに麺から食べたら退場、スープを飲む前にかき混ぜてしまったら退場、といったものから、店内をキョロキョロ見回したら退場、メニューを聞いたりしたら退場(一見の客は基本お断りのため)といったものまで、どこまで真実かは分かりませんが、非常に細かく定められているという話です。

 

このラーメン屋さんの是非を、ここで議論するつもりはありません。恐らく、店主は非常に真面目で、ラーメンの味をとことん追求した熱心な方なのではないかと推測します。

 

そのこだわり自体は大変素晴らしいものではありますが、ラーメンも含めて広く「料理」という観点で捉えた時、ことこだわりすぎて受け手に難しく考えさせてしまうことは、ともすれば敬遠や拒絶といった事態を生み出しかねないという、どんな料理にも共通した教訓が含まれていると考えずにはいられません。

 

それは作る側であっても同じで、変に小難しく考えると、料理に相対すること自体に敬遠や拒絶といった感情を覚えかねないのです。

 

料理に限らずかもしれませんが、何事もこだわること、常に高みを目指すことは非常に重要です。しかし、それが過度になり、為し手(料理であれば作る側)にとっても、受け手(料理であれば食べる側)にとっても、「輪に入りづらい」「ハードルが高すぎる」といった状況を作り出してしまうのは、その世界を盛り上げるためには、決してうまくはないことであると感じます。

 

繰り返しますが、件のラーメン屋さんの是非を言っている訳ではありません。広く「料理」というものに照らし、かつその「上達」というものを考えた時、難しく考えないことというのは、極めて重要であると感じているのです。

 

また、そういう(難しく考える必要はないという)思いを広めることは、「料理の素晴らしさに触れる機会を創出する」のページで言及したことにも通じる、「料理の素晴らしさを広く世の中に広め、そのハードルを十分に下げてあげること」と同義であると、信じてやまないのです。

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