料理にまつわるエピソード(その2)
(※とある女性の手記です)
いつもラストオーダー間際に来る男性がいた。
飲食店のクローズ(店仕舞)作業は、客席の片付け・清掃、そして調理器具の洗浄やシンクの清掃が主だが、これがなかなか大変である。そのため、うちの店では、ラストオーダーのさらに30分くらい前から(もちろんお客様には悟られない程度に)少しずつ作業を開始するのが常であった。
オーダーの少ないメニューでしか使わない調理器具などは、もはやその日のオーダーはないだろうと見込んで、早々に洗浄してしまうこともあった。そんな時に限って、ラストオーダー間際にそのメニューのオーダーが入ったりするのだが・・・。その男性は、そんな迷惑な(?)オーダーをする客の一人であった。そのため、その男性が店に来るようになってから、件の調理器具はラストオーダー時間が確実に過ぎるまで洗浄しないようになった。
ある日、その男性が、ラストオーダー時間を数十分過ぎてからやってきたことがあった。余程急いで走ってきたのか、汗をびっしょりかきながら、肩で息をしている。
「もう、終わりですか」
さすがに数十分も過ぎているとあって、件の調理器具の洗浄も開始されていた。しかし私は、懇願するような、眼で訴えかけるような、そんな彼の顔を見て、思わず答えてしまった。
「つくりますよ」
洗浄を担当していた店員からぶつぶつと文句を言われながら、私はいつものメニューを作る準備をするよう指示を出した。そして自ら、その料理を作り始めた。
「ありがとう」
出された料理を前に、彼は満面の笑みでそう言ってくれた。自分よりは恐らく年上だろうと思われたが、私は素直に、可愛いと思ってしまった。
よく考えてみれば、私はその日、彼からオーダーを受けていない。なのに、勝手にいつものメニューの料理を作り、彼も当たり前のようにそれを受け入れてくれた。そう、さも当然のように。至極自然な感じで。
それを機に、私たちはよく会話をするようになった。そして私は現在、昼の弁当を含めて一日3食、その男性の食事を作る立場にいる。