料理にまつわるエピソード(その3)
(※とある女性の手記です)
料理は絶対にしないという女性がいた。
その理由について、本人は「下手だから」と言うだけで、それ以上は頑なに口を閉ざしていた。女同士の、いわゆるガールズトークで、とても大っぴらに出来ないような話をしている時にはこちらが引くくらいはっちゃけるくせに、料理に関する話になると、途端に大人しくなった。
彼女と古くから付き合いのある共通の知り合いから聞いた話では、昔何かの事故を起こし、それがトラウマとなって、以来料理をすることは一切なくなったということである。彼女のことを気遣ってか、あるいは本当に知らないのか、その知り合いもそれ以上の具体的な話を口にすることはなかったが、事故とは食中毒か何かの類いではないかと勝手に推測している。
彼女の料理しないっぷり(?)は徹底していて、三度の食事はもちろん100%外食。初めて自宅を訪れた際には、鍋やフライパンはおろか、箸やお皿の類いも一切見当たらなかったことに少々驚いた。冷蔵庫や電子レンジすらない。ガスコンロやヤカン、来客時に困らない程度のお茶セット(急須や湯呑み茶碗、ティーカップ等)はあるようだったが。元々物欲が無くて・・・というのは本人の談だが、そのせいもあってか、非常に質素で物が少ない、実際以上に広く感じられる部屋であったのを記憶している。
当然、と言ってしまっては語弊があるかもしれないが、結婚する気もないようであった。料理を一切しない女を伴侶にしてくれる男などいるはずがないと、端から諦めている節があった。
ところが。
ある日、彼女から恋人を紹介された。内緒にするつもりはなかった・・・ということではあったが、既に付き合い始めて半年が経過しているとのことだった。もう〜早く言ってよ〜(苦笑)とおチャラケながらも、むしろ私は全く気付かなかった自分自身を呪った。料理を一切せず、結婚も諦めている彼女に、男など出来る訳がないと、私自身も潜在意識のどこかで勝手に考えていたのだろう(彼女に対しては大変失礼な話ではあるのだが)。それまで怪しいなどと感じることすら微塵もなく、まさに青天の霹靂だったのだ。
それからしばらくして、彼女の部屋を訪れることになった。男が出来て、いろいろと変わってるんだろうな、男物の洗濯物があったりとか、歯ブラシが2本並んでたりとか、何かそういうのあんまり見たくないな、ぶつぶつ・・・。そんなことを取り留めもなく考えながら、招き入れられたその部屋は、以前と同様、物が少ない、質素なものであった。懸念の洗濯物や歯ブラシも・・・取り急ぎはないようである。ホッとするのも束の間、ガスコンロの上に、ヤカンと並んで、フライパンが置かれているのが目についた。
「あの、料理・・・。」
フライパンを指差しながら、言い淀む私に、彼女は笑いながらあっけらかんとこう答えた。
「あー。作るようになったんだよね。」
女は男で変わるというが、あまりに分かりやすいその変貌に、私は開いた口が塞がらなかった。ただ、その場で私にも作ってくれるようお願いしたのだが、それは頑なに拒否されたことが、何故か救いだった。聞けば、彼氏以外にはやはり作りたくないらしい。そして、この期に及んでも、料理をしなくなった理由については、最後まで語ってくれなかった。
後日、彼氏からこっそり聞いた話では、料理の腕前はバッチリ・・・というよりむしろプロ級であるとのことだった。となれば、彼女が料理をしない原因となった事故というのは、やはり・・・。
何はともあれ、まぁ彼女が今ハッピーならそれでいいか。ただ、いつかは必ず、彼女の料理を私も味わってみたいと思っている。いつか、必ず。