料理にまつわるエピソード(その5)
(※とある男性の手記です)
屈託の無い顔が、テレビの中から微笑みかけていた。
何を言っても上辺だけの社交辞令にしか聞こえない司会者が、ことさら大袈裟に褒めまくる。彼女の素直な微笑みが、より一層深みを増し、テレビ画面にアップになる。
だめだ。どうしても観ていられない。僕はテーブルにあったリモコンを手にし、赤いボタンを押して、テレビを消した。
頭の中に、あの料理が蘇る。気のせいか、口の中にあの味が広がった感覚すら覚えて、大きく唾液を飲み込む。
別れてから1年。あの最後の食事から1年。僕はまだ、気持ちを整理出来ないでいた。
今やトップアイドルに登り詰めた彼女が、僕を思い出すことなどあるのだろうか。
それまでの経緯や雰囲気から、ああなることを彼女は少しでも予感していただろうか。忙しい仕事の合間を縫って、懸命に尽くしてくれた彼女にとっても、最後の晩餐のつもりだったのだろうか。
その日、ほとんど逢えない寂しさと、すれ違いの生活のもどかしさと、アイドルの彼氏であるという重圧に、いよいよ耐え切れなくなったが故、心にもないことを口にし、心にもない態度を取った僕の元から、彼女は去っていった。
自業自得の極みであり、後悔することはあれど、この結末に恨みなどは全くない。ましてや彼女には、伝えきれないほどの感謝の気持ちはあれど、憎悪や嫌忌といったネガティブな感情は全くない。
ただ一言、言いたいことがあるとすれば、最後のあの料理は強烈過ぎた。ここまで自分を分かってくれるのは、ここまで尽くしてくれるのは、彼女以外には絶対にいない、自分には彼女しかいない、そんなことを激しく突きつけられたような、殊更凄まじく痛感させられたような、そんな味だった。それ以後、メディアで彼女の姿を目にするたびに、あの料理を、あの味を、思い出してしまうのだ。
僕にとって、言葉で説明されるより、態度で示されるより、無言の情を込められたその料理が、とにかく一番応えたのだ。