料理にまつわるエピソード(その29)
(※とある女性の手記です)
あの経験だけは、二度としたくない。
すべてが無駄になってしまった、あの経験。
・
・
・
あれは日曜日だった。
その日、私は朝から大変な張り切りようだった。
少しずつ上達していった料理、母から教わりながらコツコツと覚えていった料理を、初めて家族にお披露目する日だったのだ。
当時、小学5年生、11歳。
今でも思うが、その年齢にしては、かなりの腕前だったと思う。
実は、現在でも、その頃からあまり上達していないのであるが・・・。
それはともかく、私はその日、いつになく早起きをし、朝から時間をかけて、料理を仕込んでいったのだ。
お披露目するのは、昼食という約束である。
にもかかわらず、私は早朝からずっと、朝食も摂らず、ただただ料理に没頭していた。
母から教わったもの、自分で本から学んだもの、テレビをビデオに撮って繰り返し覚えたもの・・・とにかく様々な料理を作り、盛り付け、テーブルに並べていく作業は、この上なく楽しいものだった。
途中、何度も母や父が覗きに現れて、楽しみにしているといった笑みを浮かべては、すぐに引っ込んでいった。
弟も、ちょいちょい現れて、そそくさと冷やかしては消えていった。
それすら、嬉しくて、なんだかくすぐったくて、これまでに味わったことのない幸せであった。
そんなこんなで、私はすべての料理を作り終えた。
テーブルの上は、大変な賑やかさである。
今であれば、デジカメで写真の10枚や20枚、撮っていただろう。
当時、デジカメがうちにあったかどうかはともかく、そんなことにまで頭が回らなかったかもしれないが。
ともかく、予想より随分と早く出来上がってしまったものの、少し早いけどお昼にしましょう、ということで、母が、そして父が、ダイニングルームに集まって来た。
最後に弟が・・・相変わらず冷やかしの言葉を口にしながら、勢い勇んでダイニングルームに走り入って来た。
その瞬間。
まるでコントだった。
ダイニングルームと隣の部屋の敷居につまづいた弟が、テーブルの上にダイブ。
さらにはテーブルが斜めに傾き、すべての料理が床に向かって崩れ落ちる。
そして、テーブルが倒れて床にぶつかる「ガーン!」という音で、一連のハプニングは終了。
その後は・・・もう、思い出したくもない。
というより、ショック過ぎて正直あまり覚えていないというのが現実なのだ。
とにかく泣きじゃくったことと、父と母が揃って弟を罵倒していたことだけは、何となく覚えているのだが・・・。
ほろ苦いとか、切ないとか、そんな言葉では到底表現しきれないくらい、残酷な経験だった。
私はもちろん、弟も、そして父や母にとっても、どうやらある種のトラウマになってしまっているようである。